話し合っても分かり合えなかった日。心をこれ以上削らないための消化メモ

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夫婦で話し合ったあと、心がぐったりする日があります。

感情的にならないように気をつけた。
相手の言い分も聞こうとした。
自分の考えも伝えた。

それでも、どうしても分かり合えない。

そんな日。

喧嘩したからつらい、というより、
「この人とは根本の考え方が違うのかもしれない」
と思ってしまうことが、しんどいのだと思います。

妥協案は決まるかもしれない。

でも、心の中では、

本当は一緒に見てほしかった。
私が大事にしているものを、少しでも見に来てほしかった。
子どもの小さな「やってみたい」を、一緒に面白がってほしかった。

そんな気持ちが残ることがあります。

相手に伝える言葉を考える前に、まず自分の中でこのしんどさをどう置いたらいいんだろう。

そう思って、私は「消化メモ」を書いてみることにしました。

これは、相手を説得するためのメモではありません。

自分の気持ちをなかったことにしないためのメモです。

今日は、話し合っても分かり合えなかった日に、心をこれ以上削らないための消化メモについて書いてみます。

目次

話し合ったのに、心が余計にしんどくなる日がある

夫婦で話し合う時、私はできれば穏やかに話したいと思っています。

感情的にならずに。
相手の言い分も聞いて。
自分の考えも整理して。

できるだけ、ちゃんと話したい。

でも、ちゃんと話そうとしても、分かり合えない日があります。

子どものこと。
お金のこと。
習い事や体験のこと。
家族として何を大事にしたいか。

そういう話になると、ただの意見の違いでは済まないことがあります。

私は、

「子どものやってみたい気持ちを、まずは大事にしたい」

と思っている。

でも相手は、

「それにどれだけの価値があるのか」
「お金を出すほどなのか」
「今やる必要があるのか」

というところを見ている。

どちらかが完全に間違っているわけではないのかもしれません。

でも、見ている場所が違いすぎると、心が置いていかれることがあります。

「分かった。じゃあこうしよう」

と妥協案が出たとしても、なぜか苦しい。

それはたぶん、結論の問題だけではなく、

一緒に見てほしかったものを、見てもらえなかった悲しさ

が残っているからなのだと思います。

はねママ

話し合ったのに余計しんどい日、ある。

これは“怒り”だけではなく“悲しみ”かもしれない

話し合いのあと、私はよく怒っているような気持ちになります。

なんで分かってくれないの。
なんでそんな言い方になるの。
なんで一緒に考えてくれないの。

頭の中で、言い返したい言葉がぐるぐるします。

でも、少し落ち着いて奥を見てみると、そこにあるのは怒りだけではない気がします。

悲しさ。
孤独。
悔しさ。
虚しさ。

本当は、一緒に考えてほしかった。

本当は、子どもの小さな興味を、
「いいね」
「どうしたら試せるかな」
と、少しでも同じ方向を向いて見てほしかった。

本当は、私が大事にしているものを、すぐに正しいか間違いかで判断する前に、一度だけでも見に来てほしかった。

それが叶わなかった。

だから悲しかったのだと思います。

怒りは、表面に出やすいです。

でも、その下にある悲しさに気づけると、少しだけ自分の気持ちが分かりやすくなります。

「ああ、私は怒っているだけじゃなかったんだ」
「悲しかったんだ」

そう分かるだけでも、心の中のぐちゃぐちゃが少しほどける気がします。

消化メモは、相手を説得するためではなく自分を守るためのもの

こういう時、すぐに相手へ返す言葉を考えたくなります。

どう言えば伝わるかな。
どこがズレていたのかな。
次はどう説明すればいいかな。

もちろん、それが必要な時もあります。

でも、心がかなり削れている時は、まず自分のための時間が必要なのだと思います。

消化メモは、相手に見せるためのものではありません。

相手を論破するためのメモでもありません。

自分の気持ちを、いったん自分のところへ戻すためのメモです。

今すぐ結論を出さなくていい。
今すぐ相手を理解しなくていい。
今すぐ前向きにならなくていい。

まずは、

「何が起きたのか」
「何に傷ついたのか」
「本当は何を大事にしたかったのか」

を、自分のために書く。

今日の目的は、問題を解決することではなく、心をこれ以上削らないこと。

これくらいでいいのだと思います。

はねママ

納得できないまま、少し落ち着いていい。

納得できないことを、無理に納得しなくていい

消化することと、納得することは違うと思います。

相手の意見を正しいと思えない日もあります。

それは冷たいことではありません。

どうしても納得できない。
でも、これ以上話すと自分が削れる。

そんな時は、

納得していない。
でも今は、これ以上戦わない。

この形でもいいのだと思います。

つらい感情を無理に消そうとすると、逆にその感情に引っ張られることがあります。

調べてみると、ACTという心理療法では、つらい感情をなくすことよりも、その感情を抱えたまま自分にとって大事な行動へ向かうことが大切にされているそうです。

もちろん、難しい専門的なことをすぐに実践する必要はありません。

でも、

「この気持ちをすぐ消さなくていい」
「納得できないまま、少し休んでいい」

と思えるだけでも、少し助かる気がしました。

10分でできる消化メモ

私が書いてみてよかったのは、この6つです。

難しい文章にしなくて大丈夫。

きれいにまとめなくていい。

箇条書きで十分です。

1. 何が起きた?

まずは、事実だけを書きます。

感情や評価を入れすぎず、起きたことを短く書く。

たとえば、

「夫と子どもの体験について話した」
「夫は、その体験に価値を感じないと言った」
「私はそれを聞いてつらくなった」

このくらい。

ここで相手の人格を裁かないようにします。

「ひどい夫」
「分かってくれない人」

と書きたくなる日もあります。

分かります。

でも最初は、出来事を机の上に置く感じ。

何が起きたのかを、なるべくシンプルに書いてみます。

2. 私は何に傷ついた?

次に、自分に刺さった意味を書きます。

ここが一番大事かもしれません。

たとえば、

「子どものやりたいを、試す前から軽く見られた気がした」
「私が大事にしている価値を、見てもらえなかった気がした」
「また私だけが説明し続けるのかなと思った」

出来事そのものより、そこから自分が何を感じ取ったのか。

ここを書くと、怒りの奥にある悲しみが見えやすくなります。

ただムカついたのではなく、

大事にしたかったものを軽く扱われた気がした。
一緒に見てほしかったものを見てもらえなかった気がした。

そんなふうに、自分の傷つきに輪郭が出てきます。

3. 本当は何を大事にしたかった?

次に、自分が守りたかったものを書きます。

たとえば、

子どもの興味。
やってみたい気持ち。
夫婦で一緒に考える感じ。
可能性をすぐ閉じないこと。
家族で同じ方向を見ること。

ここを書くと、自分の怒りがただのワガママではなかったと分かります。

私は、何かを押し通したかっただけではない。

大事にしたかったものがあった。

それが分かると、少しだけ自分にやさしくなれます。

はねママ

子どもの小さな「やってみたい」を、一緒に見てほしかった。

4. 今の私は何を感じている?

次に、今の感情をそのまま書きます。

悲しい。
孤独。
悔しい。
虚しい。
話し合いたくない。
疲れた。
もう無理。

きれいにまとめなくていいです。

感情に正解はありません。

ただ、

「最悪」
「もう嫌」
「無理」

だけで終わると、感情が大きな塊のまま残ることがあります。

そこに少し言葉を足してみる。

悲しい。
孤独。
悔しい。

こうやって名前をつけると、少しだけ距離が取れます。

「ああ、私は今、孤独なんだ」
「私は悔しいんだ」

そう分かるだけで、自分の中の混乱が少し落ち着くことがあります。

5. 自分に何と言ってあげる?

次に、自分にかける言葉を書きます。

ここは、セルフ・コンパッションに近い部分です。

セルフ・コンパッションは、自分への思いやりや慈しみという意味で使われます。

私はこれを難しく考えず、

友達に言うなら、何て言う?

と考えるようにしています。

もし友達が同じことで落ち込んでいたら、私はたぶんこう言います。

「悲しかったね」
「大事にしたかったんだよね」
「あなたが見ていた価値は、相手が感じなくても消えないよ」

それを、自分にも言ってみる。

少し照れます。

でも、分かってもらえなかった日ほど、自分の中でまで自分を責めると、逃げ場がなくなります。

せめて自分だけは、自分の味方でいたい。

そう思いました。

はねママ

友達には言える優しい言葉を、自分にも少しだけ向けたい。

6. 今日やることは?

最後に、今日やることを小さく決めます。

ここで大きな目標を立てなくていいです。

「夫婦で価値観をすり合わせる」
「今後の方針を決める」
「家計を完璧に整理する」

そんな大きなことは、今日は無理です。

今日やることは、もっと小さくていい。

結論を出さない。
これ以上LINEで戦わない。
寝る。
温かいものを飲む。
お風呂に入る。
子どもにいつも通り「おやすみ」と言う。

これくらい。

今の目的は、問題解決ではなく、心をこれ以上削らないこと。

すぐ動かない選択も、立派な行動なのだと思います。

実際に書くなら、これだけでいい

消化メモは、こんな形で十分です。

1.何が起きた?

夫と子どもの体験について話した。
夫は、その体験に価値を感じないと言った。

2.私は何に傷ついた?

子どものやりたいを、試す前から軽く見られた気がした。
私が大事にしている価値を、見てもらえなかった気がした。

3.本当は何を大事にしたかった?

子どもの興味。
やってみたい気持ち。
夫婦で一緒に考える感じ。

4.今の私は何を感じている?

悲しい。
孤独。
悔しい。
話し合いたくない。

5.自分に何と言ってあげる?

悲しかったね。
大事にしたかったんだよね。

6.今日やることは?

結論を出さない。
これ以上LINEで戦わない。
寝る。
温かいものを飲む。

これでいい。
これ以上できなくてもいい。

むしろ、今日これを書けたら十分です。

「この先も分かり合えないかも」は、今の心が出している言葉かもしれない

夫婦で話し合って、価値観の違いを強く感じると、

「この先も分かり合えないのかもしれない」

と思うことがあります。

その考えが浮かぶと、胸が重くなります。

でも、これも少しだけ言い換えてみるといいのかもしれません。

「私は今、“この先も分かり合えないかもしれない”という考えを持っている」

ただ、それだけ。

「分かり合えない」
これは未来の確定ではなく、
分かり合えないかもしれないと思うくらい、今とても傷ついている。

そう見る。

これだけで、考えと自分の距離が少しだけできます。

無理にポジティブにしなくていいです。

「大丈夫、きっと分かり合えるよ」
と自分に言えない日もあります。

そういう日は、

「今、私はそう思っているんだな」
と横に置くだけでもいい。

考えに飲み込まれすぎないための、小さな置き場所です。

はねママ

「この先も分かり合えない」は、未来予報じゃなくて、今の心の悲鳴かもしれない。

自分の見ていた価値は、相手が感じなくても消えない

夫婦で価値観が違うと、自分の感覚まで間違っているように感じることがあります。

相手が価値を感じないなら、私が大事にしたかったものは大したことじゃないのかな。

そう思ってしまう。

でも、それは違うのだと思います。

相手が価値を感じなかったことと、私が見ていた価値がないことは別です。

子どもの小さな興味。
やってみたいという気持ち。
試してみる経験。
夫婦で一緒に考えること。
可能性をすぐ閉じないこと。

私はそこに価値を見ていた。

その感覚は、相手が同じように感じてくれなくても、消えません。

もちろん、だからといって全部を押し通せるわけではありません。

お金のこともある。
時間のこともある。
家族で決めなければいけないこともある。

でも、決定と価値は別です。

できるかどうかは、また別で考える。

でも、私が大事にしたかったものまで、なかったことにしなくていい。

ここを自分の中で守りたいと思いました。

まとめ|今日は解決しなくてもいい。自分の心をこれ以上削らない

夫婦で話し合っても、分かり合えない日があります。

相手に伝えても伝わらない日があります。

そんな時、すぐに結論を出そうとすると、心がさらに削れることがあります。

だからまずは、自分の中で整理する。

何が起きたのか。
何に傷ついたのか。
本当は何を大事にしたかったのか。
今の私は何を感じているのか。
自分に何と言ってあげたいのか。
今日やることは何か。

この6つを書くだけでも、少し心の置き場所ができます。

自分の気持ちを整理することは、相手を責めることではありません。

自分を守ることです。

自分の見ていた価値を、相手の反応に預けすぎないことです。

今日は解決しなくていい。
今日は戦わなくていい。
今日は結論を出さなくていい。

温かいものを飲んで、寝るだけでもいい。

相手に分かってもらえなかった日でも、私が大事にしたかったものまで消えたわけではありません。

今日はそれだけを、そっと自分の中に戻してから眠れたらいいなと思います。

参考リンク

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この記事を書いた人

2児育児に奮闘しながら、子育てに関する悩みや不安に寄り添い、育児に役立つ情報を発信しています。
読んだ人の気持ちが少しでも軽くなるような、やさしいブログを目指しています。

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