子どもが生まれてから、夫に何度も言っていることがあります。
「圧を出さないで」
でも、これがなかなか伝わりません。
夫はよく、
「別にキレてない」
「注意しただけ」
と言います。
たしかに、毎回ものすごく怒鳴っているわけではないのかもしれません。
言葉が荒れていない時もあります。
でも、声の大きさ。
早口。
表情。
不機嫌そうな空気。
そういうものが重なると、私にはかなり強い圧に感じます。
そして、子どもたちは泣く。
私が気にしすぎなのか。
夫の言い方が本当にきついのか。
その線引きは、正直とても難しいです。
でも最近思うのは、これは
「夫がキレたかどうか」
を判定する話ではなくて、
子どもにどう届いているかを見る話
なんじゃないか、ということです。
夫は「キレてない」と言う。でも私は“圧”を感じてしまう

夫の中では、たぶん“注意”なんだと思います。
危ないことをした。
約束を守らなかった。
何回も同じことをした。
だから注意した。
夫の言い分としては、きっとそうです。
でも、私がしんどくなるのは言葉そのものだけではありません。
たとえば、こういうものです。
- 声が大きい
- 返事を待たずに早口で言う
- 表情が硬い
- 空気がピリッとする
- 不機嫌さがそのまま出ている
言葉だけ見れば、そこまで強くないこともあります。
でも、声や顔や空気が重なると、私にはかなりきつく聞こえる。
そして、子どもたちは固まるか、泣きます。
そのたびに私は思います。
いや、もうそれ、子どもには怖く聞こえてるんじゃない?
でもそこで夫に言うと、
「キレてない」
「普通に言っただけ」
「注意しただけ」
と返ってくる。
このやり取り、何度もやってきました。
そして毎回、話が
「キレたかどうか」
の裁判みたいになってしまう。
でも私がしたいのは、そこじゃないんです。
「はい、今キレました。減点です」
みたいな採点をしたいわけではありません。
ただ、子どもが泣く前に止めたい。
家庭内の空気が火事になる前に消火したい。
それだけなんです。
はねママこの終わらない裁判、ホントに神経削られる……
“圧”は説明しづらい。だからこそ揉める


もちろん、わかりやすく良くない言い方もあります。
「うるせえなあ!」
「お前」
「何回言えばわかるんだよ」
こういう言葉は、私はかなり嫌です。
子どもに向けてほしくないし、聞いている私もしんどい。
でも難しいのは、その手前です。
たとえば、
「短くしてって言ったじゃん」
「だから危ないって」
「もうやめて」
言葉だけ見ると、そこまでひどくないように見えることもある。
でも、声の音量やスピード、抑揚、表情が重なると、私にはかなりきつく聞こえることがあります。
夫からすると、
「普通に言っただけ」
なのかもしれません。
でも私からすると、普通じゃない。
そして、子どもはもう泣いている。
ここが本当に難しいです。
声の大きさや言い方のきつさって、感じ方に個人差があります。
私自身、たぶん人より少し敏感です。
人と話す時も、かなり気を遣います。
- 傷つけないように言い方を考える
- メッセージの文面を何度も見直す
- 絵文字ひとつで温度調整しようとする
- 「この言い方、冷たくないかな」と考える
もはや文章の加湿器。
だから、私の感じ方がすべて正しいとは思っていません。
でも、それでも。
子どもが泣いているなら、
「普通に言っただけ」
で終わらせるのは違うんじゃないかと思ってしまうんです。
育った家の“言葉の温度”が違うのかもしれない
こういう話になるたびに、育った家の違いもあるのかなと思います。
私の母は、かなり穏やかに話す人です。
愛想もいいし、伝え方もやさしい。
私自身も、その影響なのか、人の言い方に敏感なところがあります。
一方で、夫側の親戚は、全体的にサバサバしています。
誤解がないように書くと、私は夫側の親戚が嫌いなわけではありません。
むしろ、お義母さんは好きです。
話せばちゃんとわかってくれるし、いい人です。
ただ、言葉の言い回しや丁寧さの感覚が、私とはけっこう違うなと思うことがあります。
メッセージも、こちらが丁寧に送っても、
「了解」
の二文字で返ってくることがある。
正直、疲れている日は心の中で
「クソが!!」と思うこともあります。
でも、たぶん相手に悪気はないんです。
そういう言葉の距離感で生きてきた人たちは、自分が素っ気なく言われても、案外そこまで気にしていないように見えます。
私が気にしすぎるところを、夫は気にしない。
夫が普通だと思うところを、私は怖く感じる。
たぶん、育った家の“言葉の温度”が違う。
どちらが絶対に正しい、という話ではないのかもしれません。
でも、子どもはまだ小さい。
大人同士なら流せる言葉でも、子どもには強く届くことがある。
そこは、やっぱり大人が少し気をつけたいところだと思っています。



夫の実家方面、たぶん言葉の装備が軽装。私はフル防具。
注意は必要。でも、怖がらせたいわけじゃない
育った家の違いはあると思います。
夫婦で、言葉の感覚が違うのもわかります。
私が敏感すぎるところも、たぶんあります。
でも、それでも私は、子どもにはできるだけ優しい言葉を使ってほしいです。
子どもにも、優しい言葉を使える子になってほしいと思っています。
もちろん、注意は必要です。
- 危ないことをした時
- 人に迷惑がかかる時
- 何度も同じことをしてしまう時
- きょうだいに手が出そうな時
親が止めなきゃいけない場面はあります。
でも、注意することと、怖がらせることは違うと思うんです。
強い言い方でその場を止められたとしても、子どもの中に残るのが
「何が危なかったか」
ではなく
「パパが怖かった」
だけになってしまったら、あまり意味がない気がします。
こども家庭庁や厚生労働省の資料でも、しつけは子どもの発達に合わせて、子どもが理解できる方法で伝えることが大切だとされています。
これを読んだ時、私は少し納得しました。
大人が言いたいことを言うだけではなく、
子どもが受け取れる形で伝えること
が大事なんだなと。
「言ったのに聞かない」
ではなく、
「その言い方で聞ける状態だったのか」
を見たい。
特に、疲れている時や眠い時、外出先で刺激が多い時。
子どもはいつも以上に受け止める力が減っている気がします。
そこに強い声が飛ぶと、内容を理解する前に、心がびっくりしてしまう。
子どもが泣くのは、わがままだけじゃないのかもしれません。
怖かった。
びっくりした。
どうしていいかわからなくなった。
そういう反応でもあるんだと思います。
夫が強く言うほど、子どもが崩れて、私が回収する


この前も、そんなことがありました。
息子が風船を持っていたんです。
帰り道が長くて、周りの人に当たりそうだったので、紐を短くして持たせていました。
でも、息子はまた紐を伸ばしてしまった。
それ自体は、注意が必要なことでした。
周りの人に当たったら危ないし、迷惑にもなる。
そこで夫が、
「短くしてって言ってんじゃん!」
と強めに言いました。
すると息子が、夫にパンチしました。
もちろん、叩くのは良くないです。
そこは止める必要があります。
でもそのあと、夫が
「うるせえなあ!!」
とキレました。
あとでその話をしたら、夫は
「あれは叩かれたからじゃん」
と言いました。
言いたいことはわかります。
叩かれたら腹が立つ。
痛いし、びっくりする。
そこでイラッとするのは自然なのかもしれません。
でも私は思ってしまうんです。
同じ土俵に立たないでほしい。
相手は幼児です。
疲れていて、眠くて、注意を受け止める余力も少なくて、感情の出し方もまだ練習中の子どもです。
そこに大人が同じ温度で返してしまうと、もう場が燃えます。
流れとしては、だいたいこうです。
- 夫が強く言う
- 子どもが崩れる
- 夫がさらに怒る
- 子どもが泣く
- 私が回収する
このループ、ほんとうにしんどい。
感情の瓦礫撤去です。
もちろん、夫だけが悪いと言いたいわけではありません。
夫も疲れていたんだと思います。
息子も疲れていて、打たれ弱くなっていた。
私も余裕がなかった。
でも、
夫イライラ × 子ども疲れてるタイミング
は、ほんとうに相性が悪い。
混ぜるな危険です。



最後に泣いた子どもと悪くなった空気を回収するの、だいたい私。家庭内清掃業者かな……。
「ブチギレそうになったら交代して」が伝わらなかった
私は夫に、
「ブチギレそうになったら交代して」と言いました。
でも返ってきたのは、「別にブチギレてない」でした。
ここでまた、話がズレます。
私が言いたいのは、
「あなたは今ブチギレました」
と認定したいわけではないんです。
ブチギレ裁判を開きたいわけじゃない。
ただ、子どもが怖がる前に。
空気が悪くなる前に。
私が回収不能になる前に。
交代してほしい。
たとえば外出先なら、こういうことです。
- 「私が子どもに言うね」
- 「いったん荷物お願い」
- 「チケット見ておいて」
- 「少し離れて休んでて」
- 「飲み物買ってきてもらえる?」
交代は、負けじゃない。
父親失格でもない。
母親が正しいという話でもない。
ただ、その場を荒らさないための安全装置です。
でも夫からすると、
「俺が悪いって言われた」
「責められた」
「キレた扱いされた」
みたいに感じるのかもしれません。
だから毎回、その場で言うと喧嘩になります。
子どもが泣いている。
夫も不機嫌。
私も限界。
そこで話し合いなんて、無理です。
むしろ全員、心の中で非常ベル鳴ってる。
だから本当は、落ち着いている時に
「こういう時は交代しよう」
と決めておく必要があるんだと思います。
今後は「怒ってないか」より「子どもが聞ける言い方か」で考えたい


これからは、夫に何か言う時も、少し言い方を変えたいと思っています。
「キレてるでしょ」
と言うと、夫はたぶん
「キレてない」
と返します。
そこでまた裁判になります。
でも本当に見たいのは、夫の中の怒りメーターではありません。
子どもが、その言い方を聞ける状態かどうか。
だからその場では、まず切り替える。
「今は私が言うね」
「声小さめでお願い」
「子どもが怖がってるから交代しよう」
「いったん荷物お願い」
外出先で、子どもが泣いていて、夫も不機嫌で、自分も疲れている時に、冷静な夫婦会議なんてできません。
無理です。
議事録を取る前に、こちらの精神が閉会します。
だからその場では、まず子どもを守る。
空気が悪化しないようにする。
できるだけ役割を分ける。
そして落ち着いたあとで、改めて話す。
たとえば、
- 「さっきの言い方、子どもが怖がっていたように見えた」
- 「注意は必要だけど、声が強いと泣いてしまう」
- 「次から強く言いそうになったら交代したい」
- 「キレたかどうかより、子どもが聞ける状態かを見たい」
そうやって、少しずつ共有していくしかないのかもしれません。
一回で伝わらないのがつらいけど。
本当につらいけど。



「怒ってないか」じゃなくて「子どもが聞ける言い方か」で見た方が、たぶん話が早い。
まとめ|注意は必要。でも、怖がらせたいわけじゃない


子どもに注意することは必要です。
危ないことは止める。
人に迷惑がかかることも伝える。
何度も同じことをしていたら、声をかける。
それは親として大事なことだと思います。
でも、注意することと、怖がらせることは違う。
夫は
「キレてない」
「注意しただけ」
と言うかもしれません。
でも、子どもが泣いているなら。
固まっているなら。
そのあと私がずっと回収することになるなら。
やっぱり、その言い方は一度見直したい。
夫を全部悪者にしたいわけではありません。
夫にも疲れがある。
育った家の言葉の温度も違う。
私が敏感すぎるところも、たぶんある。
でも、それでも。
子どもには、できるだけ安心して話を聞ける言葉で伝えたい。
強い言葉に耐える子になってほしいわけではなくて、
優しい言葉を使える子になってほしい。
だから私は、これからも夫に言ってしまうと思います。
「圧を出さないで」
「声を少しやわらかくして」
「キレる前に交代して」
たぶんまた揉める日もあります。
また裁判みたいになる日もあると思います。
でも、子どもが怖がっているかもしれないことを、
「キレてない」
の一言で終わらせたくない。
注意は必要。
でも、怖がらせたいわけじゃない。
そのことを、少しずつでも家の中で共有していけたらいいなと思っています。
できれば、毎回裁判じゃなくて。
せめて家庭内の法廷、週休二日くらいにしたいです。
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