夫婦なのに、触られるのが嫌。
そう思ってしまう自分に、ずっと戸惑っていました。
夫を嫌いになりたいわけではありません。
家族として大事に思っている部分もあります。
でも、出産してから、夫への気持ちは少しずつ変わっていきました。
子どもに強い言い方をする姿。
家の空気がピリッとする瞬間。
喧嘩したあと、こちらの気持ちがまだ落ち着いていないのに、いつも通り距離を詰められること。
そういう小さなことが積み重なって、私は夫に触れられることを、前みたいにうれしいと思えなくなっていました。
すれ違う時に体を触られる。
急に抱きつかれる。
夫にとっては、愛情表現だったのかもしれません。
でも私の中では、
また誘われるのかな。
断ったら空気が悪くなるかな。
まだ嫌な気持ちが残っているのに。
そんなふうに、先に警戒が出るようになっていました。
夫婦なのに、こんなふうに思う私は冷たいのかな。
そう思っていたけれど、最近少し考え方が変わりました。
夫婦でも、嫌な時は嫌でいい。
触られたくない日があるのは、愛情がゼロだからとは限らない。
今回は、産後から変わった夫への気持ちと、夫婦のスキンシップの前に必要だった“安心”について整理してみたいと思います。
産後、夫への気持ちが昔とは変わっていた
出産前と、出産後。
夫への気持ちは、同じようで同じではありませんでした。
もちろん、子どもが生まれたからといって、いきなり夫を嫌いになったわけではありません。
でも、育児が始まってから、夫を見る目が少し変わりました。
夜泣き。
授乳。
寝不足。
保育園の準備。
家事。
子どものイヤイヤ。
兄妹げんか。
朝のバタバタ。
夕方のHP切れ。
そういう毎日の中で、夫がどう動くか。
どう言葉をかけるか。
子どもにどう接するか。
それを近くで見続けるようになりました。
そして、その中で少しずつ、
「あれ、昔みたいには好きと思えないかも」
と思う瞬間が増えていきました。
夫を完全に嫌いになりたいわけではありません。
でも、昔みたいにドキドキするとか、触れたいと思うとか、そういう気持ちはだいぶ遠くなっていました。
心の中の恋愛フォルダ、どこか奥の方に収納されてしまった感じです。
取り出し方が分からない。
はねママ好きの土台って、たぶん日中の言葉と態度で削れたり戻ったりする。
育児中に見える夫の姿が、気持ちに影響していた


夫婦のスキンシップって、夜だけの話ではないと思います。
昼間の夫婦関係。
家事育児の分担。
子どもへの言い方。
喧嘩したあとの態度。
こちらが嫌だと言った時に、どこまで尊重してくれるか。
そういうものが、全部つながっている気がします。
たとえば、子どもに強く言っている姿を見る。
家の空気がピリッとする。
私がそのあと子どもの気持ちを回収する。
その状態で、夜だけ急に仲良くしようとされても、私の心はついていけませんでした。
私の中では、まだ昼間のモヤモヤが残っている。
さっきの言い方、嫌だったな。
子ども怖がってたな。
私も疲れてるな。
なんで私だけ気持ちの後片付けしてるんだろう。
そう思っている時に、急に距離を詰められると、うれしいより先に「今じゃない」が出てきます。
夫からしたら、仲直りや愛情表現のつもりだったのかもしれません。
でも私にとっては、気持ちを置いていかれるような感覚でした。
急に触られると、うれしいより先に警戒してしまう


夫がすれ違う時に体を触ってきたり、急に抱きついてきたりすることがあります。
以前なら、そこまで気にならなかったのかもしれません。
でも今は、しんどい時があります。
というより、しんどい日の方が多いかもしれません。
私の中では、触られた瞬間に、
「また誘われるのかな」
「断らなきゃいけないのかな」
「今そういう気持ちじゃないのに」
「嫌って言ったら空気悪くなるかな」
と、一気にいろいろなことが浮かびます。
夫の手より先に、心の防犯センサーが鳴る。
ピー。
今は無理です。
今は近づかないでください。
そんな感じです。
夫婦なのに大げさかな、と思う自分もいました。
でも、夫婦だからといって、急に触られても平気なわけではありません。
私の体は、私のものです。
夫婦でも、嫌な時は嫌。
本当は、そこに理由を山ほど並べなくてもいいのだと思います。



愛情表現のつもりでも、受け取る側がガードしている時はしんどい。
断ると空気が悪くなりそうで、無理してしまうこともあった
夫婦のスキンシップを断ることに、罪悪感がありました。
断り続けたら、夫婦としてよくないのかな。
夫が不機嫌になるかな。
家族の空気が悪くなるかな。
そんなふうに思って、気持ちが追いつかないまま応じてしまうこともありました。
夫が機嫌よくなるなら。
家の空気が悪くならないなら。
これで丸くおさまるなら。
そう思っていたこともあります。
でも、そういう時の私は、全然丸くおさまっていませんでした。
表面上は何もなかったように見えても、私の中には残ります。
嫌だったな。
本当はしたくなかったな。
また次もこうなるのかな。
そういう気持ちが、少しずつ積もっていく。
そして、そのたびに夫への気持ちがさらに遠くなる。
家庭の空気を守るためにしたことが、結果的に自分の心を遠ざけていたのかもしれません。
家の空気は一時的に整ったように見えても、私の心の押し入れはパンパンでした。
いつか開けたら、雪崩が起きるタイプの押し入れ。



「まあいいか」で済ませたはずのことが、ぜんぜん済んでないことがある。
「義務みたいにするならしなくていい」と言われて、ほっとした自分がいた


ある時、夫に、
「義務みたいにするなら、もうしなくていいかなって思った」
というようなことを言われました。
怒っている感じではありませんでした。
責めるというより、ふとそう思ったという感じ。
その言葉を聞いた時、私は少しほっとしました。
あ、もう無理しなくていいのかな。
そう思った自分がいました。
でも同時に、不安にもなりました。
このまま夫婦のスキンシップがなくなっていいのかな。
夫婦として大丈夫なのかな。
家族の雰囲気が悪くならないかな。
夫は寂しくならないのかな。
ほっとしたのに、不安。
どっちなんだ。
自分の中でも、気持ちが散らかっていました。
気持ちの部屋に、洗濯物とおもちゃと段ボールが全部出ている感じです。
どこから片付けたらいいのか分からない。
夫は愛を感じたかったのかもしれない。でも私の“嫌”も本物だった
夫は、ただスキンシップがしたかっただけではないのかもしれません。
愛されている感じ。
求められている感じ。
拒絶されていない感じ。
夫婦として近い感じ。
そういうものを感じたかったのかもしれない。
それ自体は、悪いことではないと思います。
夫にも寂しさがある。
夫にも不安がある。
夫にも「自分はもう必要とされていないのかな」と感じる瞬間があるのかもしれない。
そこは分かります。
でも、夫の寂しさを、私が嫌なまま体で引き受けるのはしんどい。
夫の「愛を感じたい」と、私の「今は触られたくない」は、どちらも本物です。
どちらかだけを消すことはできません。
夫の気持ちを分かろうとすることと、自分の嫌をなかったことにすることは違う。
ここを混ぜると、私はたぶんまた無理をしてしまう。
だから、分けたいと思いました。
夫の寂しさは、夫婦で話す。
でも、私の体と気持ちは、私が守る。



夫婦の近さって、触る前に安心が必要なのかもしれない。
触られたくないのは、愛情がゼロだからとは限らない
触られたくない。
そう思うと、夫への愛情がもうないのかな、と不安になります。
でも最近は、少し違うのかもしれないと思うようになりました。
触られたくないのは、愛情がゼロだからとは限らない。
安心が足りない。
信頼が足りない。
気持ちを置いていかれた記憶が残っている。
嫌なまま応じたことが、心に引っかかっている。
そういうものが積み重なって、体が先に「嫌」と言っているのかもしれません。
だから、いきなり夫婦のスキンシップを戻そうとするより、まず必要なのは、安心して「嫌」と言えることだと思いました。
「今は嫌」と言ったら、ちゃんと止めてくれる。
断っても、不機嫌にならない。
こちらの気持ちを責めない。
急に触らない。
触れたい時は、確認してくれる。
それが積み重なったら、少しずつ警戒が減るかもしれない。
戻るかどうかは分かりません。
でも、戻る可能性があるとしたら、たぶんそこからだと思います。
安心のないところに、近さは戻りにくい。
これは、私の中ではかなり大きな気づきでした。
「直したらまたしたいと思う?」への答えは、今すぐ出さなくていい
夫に、
「俺が全部直したとして、またそういう気持ちになるの?」
というようなことを聞かれました。
正直、分かりませんでした。
分からーーーーん。
心の中では、かなり大きめの声でそう思いました。
だって、本当に分からない。
夫が変わったら、安心できるようになるかもしれない。
触られることが嫌じゃなくなるかもしれない。
でも、昔みたいにドキドキするかは分からない。
そこまで約束はできません。
でも、今思うのは、夫が変わることは、夫婦の夜を戻すための交換条件ではないということです。
「これを直したら、また応じます」
ではない。
まずは、私が安心して同じ家で暮らすため。
家族として穏やかに過ごすため。
子どもたちにとっても、家の空気が少しやわらかくなるため。
そのために必要なことなのだと思います。
したくなる保証はできない。
でも、関係を良くしたい気持ちはある。
この二つは、同時にあっていいのだと思います。



心は家電じゃないので、直したら即オンにはならない。
夫にこんな風に伝えてみた


夫には、結局こんな風に伝えました。
「正直、またそういう気持ちになるかは今は分からない。約束はできない。
でも、あなたと家族として穏やかに過ごしたい気持ちはある。
だからまずは、急に触られることがしんどいこと、嫌だと言った時にちゃんと止めてほしいことを分かってほしい。
嫌なまま応じることは、もうしたくない。」
この言葉を言うのは、勇気がいりました。
夫を傷つけるかもしれない。
重く受け取られるかもしれない。
また空気が悪くなるかもしれない。
そう思うと、言い出しにくい。
でも、言わないまま我慢を続けると、たぶん私はさらに夫を嫌になってしまう。
それは、私にとっても夫にとっても、あまり良くない気がします。
夫婦のスキンシップを戻したいかどうかより先に、まずは嫌なまま続けないこと。
その線を、自分の中で引いておきたいと思って伝えました。
夫はこれを聞いて、とりあえずは「わかった」と言ってくれました。
触る前に確認してもらうルールを作りたい
これから少しずつ話せるなら、まずは触る前のルールを作りたいと思いました。
たとえば、
- すれ違いざまに体を触らない
- 喧嘩のあと、気持ちが落ち着いていない時は距離を取る
- 抱きしめたい時は「今ハグしていい?」と聞く
- 「今は嫌」と言われたら、すぐやめる
- 断られても不機嫌にならない
こう書くと、少し冷たく見えるかもしれません。
でも、これは夫を拒絶するためのルールではなく、これ以上嫌いにならないためのルールでもあります。
急に触られて、私が警戒する。
断る。
夫が傷つく。
私も罪悪感を持つ。
また距離ができる。
この流れを繰り返すくらいなら、最初に確認してもらった方がいい。
ハグにも事前確認がほしい日があります。
宅配よりも急に来ないでほしい。
ピンポンくらい鳴らしてほしい。



夫婦でも、ノックしてほしい場所がある。
どうしてもつらい時は、相談先を知っておくだけでもいい
この記事は、夫を悪者にしたいわけではありません。
夫にも寂しさがある。
夫にも不安がある。
夫なりの愛情表現だったのかもしれない。
そう思う部分もあります。
でも、嫌なのに断れない。
怖くて拒否できない。
強い圧を感じる。
断ったあとが不安で仕方ない。
そういう場合は、夫婦のことだからと一人で抱え込まなくていいと思います。
内閣府のページでも、同意のない性的な行為は、夫婦や恋人の間でも起こるものとして説明されています。
「うちはそこまでではない」と思う人もいるかもしれません。
でも、相談先を知っておくだけでも、心の逃げ道になることがあります。
今すぐ使わなくてもいい。
でも、必要な時に開けられる扉がある。
それだけで、少し安心できることもあると思います。
夫婦だから我慢しなきゃ。
母親だから家庭の空気を守らなきゃ。
そうやって、自分の嫌を全部しまい込まなくていい。
自分の体と心は、自分のものです。
まとめ|夫婦のスキンシップの前に、安心がほしかった
夫婦なのに、触られるのが嫌。
そう思うと、自分を責めたくなります。
私は冷たいのかな。
妻としておかしいのかな。
夫がかわいそうなのかな。
そう思っていました。
でも、触られたくない気持ちには、理由があったのだと思います。
産後の心身の変化。
育児の中で見えてきた夫の姿。
子どもへの言い方。
家事育児の負担。
喧嘩のあとの気持ち。
急に触られることへの警戒。
嫌なまま応じてしまった記憶。
そういうものが積み重なって、私は夫に触れられることを、前みたいに受け取れなくなっていました。
だから今、必要なのは、無理に夫婦のスキンシップを戻すことではないのだと思います。
まずは、安心して「嫌」と言えること。
「今は触らないで」と言ったら、ちゃんと止めてもらえること。
断っても、空気が悪くならないこと。
その積み重ねの先に、また夫に近づける日が来るのかもしれない。
来ないかもしれない。
それは今の私には分かりません。
でも、嫌なまま続けることは、もうしたくない。
夫婦だから、触られて当然。
そう思わなくていい。
私がもう一度夫に近づけるかどうかは、きっと夜の話だけではなく、日々の安心の積み重ねの先にあるのだと思います。
参考リンク
- こども家庭庁|母子保健の主な動き 2025年
- こども家庭庁|こども未来戦略 加速化プラン こども・子育て支援 2025年4月
- 内閣府男女共同参画局|性犯罪・性暴力とは
- 内閣府男女共同参画局|#8891 性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
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