うちの2歳の娘、泣く時にかなりの高確率で
「ママがいい〜!」
と言いながら泣きます。
夫に叱られた時にそう泣くなら、まあ分かるんです。
うんうん、ママのほうに逃げたいんだね、って。
でも、そうじゃない時も言うんですよね。
例えば、私が全く関わっていない兄妹喧嘩の時。
さらに言うと、私に叱られた時も、なぜか絶対
「ママがいい〜!」と泣く。
いや、え。
今それ言う?
むしろ今、私はそっち側じゃないの?
私に叱られてるのに、私指名なんだ?
システムどうなってるの?
と、毎回ちょっと不思議です。ちょっと笑う。
今日はこの、
「なんで毎回“ママがいい”なの?」問題
について、親としての「え?」をベースに、子どもの発達や愛着の話もまじえながら、ゆるく整理してみたいと思います。
夫に叱られた時は分かる。でも、兄妹喧嘩でも私に叱られた時でも言う
たぶん、この話のいちばん不思議なところってここなんですよね。
夫に叱られて
「ママがいい〜!」
なら分かる。
でも、兄妹喧嘩で泣いた時も言う。
転んだ時も言う。
なんか気に入らない時も言う。
そして、私に叱られた時も言う。
もうここまでくると、
「ママがいい」がひとつの感情表現みたいになってるのかもしれない、と思うようになりました。
つまり娘の中では、
- 悔しい
- 悲しい
- びっくりした
- 納得いかない
- なんかもう嫌だ
みたいな、いろんな“イヤ〜!”が全部まとまって
「ママがいい〜!」
になっているのかもしれない。
そう考えると、ちょっと筋は通る。
でもやっぱり、
私が叱ってる時まで私指名なのは、毎回ちょっと不思議
なんですよね。
はねママ私が叱ってるのに私指名なの、毎回ちょっと“え、私なの!?”ってなりますw
2歳の「ママがいい」は、理屈より“安心したい”に近いのかもしれない


調べてみて、いちばんしっくりきたのはここでした。
ZERO TO THREE は、乳幼児はまだ自分ひとりで感情を落ち着けるのが難しく、養育者との co-regulation(共調整) を通して気持ちを整えていくと説明しています。
「赤ちゃんや幼児は、まだ自分でうまく self-soothe(自分をなだめる)できない。だから大人の落ち着きを借りる」という考え方です。
これを読んで、私は
「ママがいい」は“理屈”じゃなくて“避難”なんだろうな
と思いました。
つまり娘は、
「誰が悪いか」
「今どっちが正しいか」
を考えてママと言っているというより、
とにかく今、安心したい
で言っているのかもしれない。
そう思うと、私に叱られた時まで「ママがいい」となるのも、子ども側ではそこまで矛盾していないのかもしれません。
愛着って、“好きな人”というより“安心して戻る場所”でもあるらしい
愛着の考え方では、子どもは不安な時やつらい時、愛着対象を「安全基地」や「慰めの場」みたいに頼るとされています。
発達心理学のレビューでも、親のような愛着対象との関係は、子どもがそれを安全基地として探索し、不安がある際には慰めの場として頼る機能を持つと整理されています。
この話を知った時、
「ああ、なるほど」
と思いました。
娘の中ではたぶん、
ママ=100%やさしい人
ではないんですよね。
普通に叱るし、止めるし、ダメって言うし。
でも、それでもなお
最後に戻りたい場所
でもあるのかもしれない。
そう思うと、
「私が叱ったのに私を呼ぶの、どういうこと?」
が、少しだけ分かる気がしました。
叱られても「ママがいい」なのは、ママが甘いから…ではなく、むしろ“いつもの人”だからかも
ここ、親としてはちょっと考えたくなるところですよね。
「ママが甘いから?」
「パパが怖いから?」
「私がいつも抱っこしてるから?」
もちろん家庭によって違うと思うんだけど、
私はどちらかというと、
“いちばんいつもの人”だから
というのも大きいんじゃないかなと思っています。
厚生労働省の保育所保育指針でも、保育では子どもが安心感と信頼感をもって活動できるよう、子どもの思いや願いを受け止めること、そして情緒の安定が大事だとされています。
また、保育の目標としても、十分に養護の行き届いた環境のもとで、くつろいだ雰囲気の中で子どものさまざまな欲求を満たし、情緒の安定を図ることが挙げられています。
これって家庭でも似ていて、娘にとって私は
「いつもの安心の流れを知っている相手」
なんじゃないかなと思うんです。
叱ることはある。
でも、そのあと抱っこしてもらえるとか、落ち着いたら戻れるとか、いつもの回復の流れも含めて知っている。
だから、トラブった時にとりあえず
「ママがいい」
になるのかもしれない。
2歳はまだ“大きい気持ち”をうまく言葉にできない


ここも大きそうです。
2歳って、言葉は増えてくるけど、まだまだ
自分の気持ちを細かく言い分けるのは難しい時期
ですよね。
ZERO TO THREE でも、幼児はまだ怒りや悲しみみたいな大きい感情を自分で調整することを学んでいる途中で、大人が落ち着いて支えることが必要だと説明しています。
また、self-control(自分を抑える力)も、12〜24か月ごろから少しずつ育っていく途中だとされています。
だから本当は、
- 悔しい
- 悲しい
- びっくりした
- 納得いかない
- 抱っこしてほしい
- 安心したい
が混ざってるのに、それを全部まとめて
「ママがいい」
で出している可能性はかなりありそう。
大人からすると「雑なくくりだな!」と思うけど、
2歳の言葉って、そもそもまだそういう時期なんですよね。



“悔しい”“悲しい”“助けて”が全部ひっくるめて『ママがいい』なのかも、と思うとちょっと納得でした。
じゃあ、親はどう受け止めたら少しラクなんだろう
ここで大事にしたいのは、
毎回完璧に受け止めなくていい
ってことです。
「ママがいい〜!」と言われるたびに、
愛着だ、安心基地だ、今この子は感情調整が未熟で…
なんて頭の中で解説しながら対応するのは、普通に無理ですw
親だってその時しんどいし、
余裕ないし、
なんなら「いや今それは知らん!」って思う時もある。
それでいいと思います。
まずは、
“今は理屈じゃなくて安心したいんだな”
くらいに受け取れたら十分。
すぐ正しい言葉が返せなくてもいいし、
毎回きれいに抱きしめられなくてもいい。
ZERO TO THREE も、幼児の大きい感情に向き合う時、親は完璧でなくていい、ただそこにいて関わり続けることが大事としています。
だから私は最近、
「またママ指名きたw」
くらいで一回受け止めるようにしています。
もちろん毎回できるわけじゃないけど、
前よりはちょっとラクになりました。
わが家では、ちょっと笑いつつ受け止めるくらいがちょうどいい
この話、すごく深刻に考えすぎるとしんどいんですよね。
だから私は最近、
“不思議だけど、ちょっと面白い”
くらいで見ています。
私に叱られて泣きながら
「ママがいい〜!」って来た時は、心の中で
いや、私なんだwって思ってます。
でも、その感じがなんだか2歳っぽい。
理屈じゃなくて、全力で感情が出てる感じがする。
そしてやっぱり、可愛い。
もちろん、いつでもそう思えるわけではないし、
普通に疲れてる日は「はいはい…」ってなる日もあります。
でも、
“ママがいい=正解対応しなきゃ”
にしすぎないほうが、親の気持ちはラクだなと思いました。
まとめ|2歳の「ママがいい」は、愛着と混乱がまざった“避難信号”なのかもしれない


どんなタイミングでも泣くと
「ママがいい〜!」
と言う2歳の娘。
夫に叱られた時ならまだ分かる。
でも兄妹喧嘩の時も言う。
私に叱られた時まで言う。
正直、毎回ちょっと不思議です。
でも調べてみると、2歳くらいの子はまだ大きい感情を自分で整理するのが難しく、いちばん安心できる相手を頼って落ち着こうとすることがあるようでした。
愛着の考え方でも、子どもは不安な時に愛着対象を“安全基地”や“慰めの場”として求めるとされています。
だから、
「ママが好きだから」だけじゃなく、
「今いちばん安心したいから」
でママを呼んでいるのかもしれない。
そう思うと、
この不思議な“ママ指名”も、少しだけ見え方が変わりました。
今日もたぶんまた、何かあったら娘は言うと思います。
「ママがいい〜!」って。
そのたびに私は、
え、今それ言う?w
とちょっと笑いながら、たぶん受け止めます。
参考リンク
- ZERO TO THREE|Your Calm Is Their Calm: Co-Regulation Strategies for Infants and Toddlers
乳幼児はまだ自分だけで気持ちを落ち着けにくく、大人との co-regulation(共調整)が必要だと説明しています。 - ZERO TO THREE|Toddler Tantrums and Meltdowns
幼児はまだ大きい感情を調整する練習中で、親が落ち着いて関わることが助けになると説明しています。 - 発達心理学研究 第24巻第4号
愛着対象は、子どもにとって不安な時の“安全基地”や“慰めの場”として機能すると整理されています。 - 厚生労働省|保育所保育指針
子どもの情緒の安定や、思いや願いを受け止めることの大切さが示されています。
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